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長崎家庭裁判所佐世保支部 昭和38年(家)433号 審判 1963年10月10日

申立人 山田マリ(仮名)

事件本人 亡前沢勝男(仮名)

主文

本籍長崎県佐世保市浦免○○番地筆頭者前沢勝男(事件本人)戸籍中、同人の父母欄及び続柄欄の「父山田庄三、母イシ」続柄「二男」とあるを各消除し、父母欄を「母山田マリ」続柄を「男」と訂正することを許可する。

理由

申立人代理人は主文同旨の審判を求め、その主張した事実の要旨は次のとおりである。

(1)  申立人は前沢太郎、同チイの七女として生れた者であるが、大正十年一月二二日申立人二〇歳頃に佐賀県武雄市大字富岡○○○○番地山田宗男と事実上婚姻をした。しかし、当時申立人は右太郎の、夫の宗男は山田庄三の何れも家督相続人で他家に入ることができないため届出はしてなかつた。

(2)  ところで申立人と宗男との間に事件本人勝男が生れたのであるが、申立人等は法規に暗く勝男を私生子として届出ることを恥じその入籍に困惑した末に勝男をその祖父母が右宗男の父山田庄三、同イシとの間に生れた二男として届出て更に申立人の父母である前沢太郎、同チイの養子とし、申立人は太郎の家督相続人としての地位がなくなり右山田宗男と大正十年一月二四日婚姻届出をして同人戸籍に入籍した。

(3)  かくして事件本人勝男は右に述べたように戸籍上は庄三とイシの二男と記載され申立人の父母の養子となつているが、勝男は幼時より申立人夫婦が育て、未だ申立人の許を離れたことはない。

(4)  ところが勝男は大東亜戦争に従軍し昭和二〇年五月二三日ビルマ国北シャン州トング南方四粁で戦死した。しかして勝男は申立人等の許で育てられて、出征から戦死に至るすべての取扱いは申立人等がこれを受けている。

(5)  以上の事実であるから戸籍上の間違いを事実に一致させたく申立に及ぶ。

よつて当裁判所が記録に基づき調査をした結果に徴すればつぎの事実が認められる。

(1)  申立人は旧本籍長崎県東彼杵郡早岐町○○○番地筆頭者前沢太郎、同人妻チイの七女として生れた者であつて、本籍佐賀県杵島郡武雄町大字富岡○○○○番地筆頭者山田庄三同人妻イシの長男宗男と大正六年十月頃結婚し事件本人勝男を同七年四月一日出産した。

(2)  申立人は右太郎の七女であつたが、家庭の事情で事件本人の出生当時は生家の、また申立人の夫宗男も右庄三の推定家督相続人であつた関係から法律上の婚姻ができない事情にあつた。

(3)  そこで事件本人勝男は戸籍上右庄三、イシとの間に生れたようにして申立人の父母と宗男の父母との話合いで庄三、イシの二男として大正七年四月一三日出生届がされ、庄三戸籍に入籍し、ついで同年六月二八日事件本人は庄三夫妻が代諾者となつて申立人の父母太郎チイとの間に養子縁組がされて太郎戸籍に入籍した。

(4)  申立人と右宗男は大正一〇年一月二二日法律上の婚姻をし、太郎戸籍から除籍され、宗男の父庄三の戸籍に入籍したが、庄三は同一三年八月一七日死亡し(妻イシは昭和四年一月一日死亡)宗男が家督相続し筆頭者となつたので申立人もまた同人戸籍に入つた。

一方事件本人勝男は上述のように養子縁組により太郎戸籍に入籍していたが同人が昭和九年七月二二日死亡(妻チイは昭和一七年八月七日死亡)したため家督相続により同人を筆頭者とした戸籍ができ、ついで同一八年四月二七日山口ハツコと婚姻し、昭和二〇年五月二三日時刻不明ビルマ国シャン州トング南方四粁で戦死し長崎県知事報告により昭和二三年五月一七日除籍され、事件本人の長男が家督相続したので事件本人の戸籍は消除された。

(5)  申立人と宗男との間には事件本人の外に学、宗忠、功治の子供ができ学は幼時死亡し、申立人の夫宗男もまた昭和二一年六月二二日死亡し宗忠が家督相続した。そして事件本人の妻ハツコは事件本人の弟に当る右宗忠と結婚し申立人は宗忠夫婦と同居し扶養を受けており、事件本人勝男の戦死による遺族として公務扶助料を請求するために申立をした。

仍つて審按するに、いわゆる虚偽出生届によるところの戸籍上の親子関係は、それがどのような事情の許でされたとしても両者間には法律上の親子関係は発生しない。しかしながら戸籍上親子として記載されている以上、当該親子となつている戸籍を訂正するためには当事者は勿論第三者のためにも身分関係を確定することが必要であることはいうまでもないから戸籍上の親子が生存している限りは原則として確定判決又は家事審判法第二三条による確定審判を得た上で当該戸籍を訂正することが関係当事者は勿論、利害関係人の為にも最良の方法であるけれども戸籍上の父母或は子又はその双方が死亡しているような場合は、確定判決や確定審判を得ることができないから斯様なときは身分関係の存否確定をまたずに戸籍のみを訂正する方法として表見上不利益をうけるおそれのある利害関係人からの戸籍訂正申立も許されるものといわなければならない。

そこで本件につき考察するに、前認定のように申立人は事件本人勝男の生母であつて本件戸籍訂正をなすにつき利害関係を有するものであり、事件本人勝男も戸籍上の父母山田庄三、イシも共に死亡しているから、前示説示のとおり同人等の親子関係は直接に戸籍訂正で処理できるものである。なお本件は戸籍上の父母の氏名と続柄のみを訂正を求めておるのであつて、これらの訂正をすることにより、事件本人は出生当時の母の属する戸籍に当然に入籍しなければならないから前示庄三を筆頭者とする戸籍に入籍していること、同人戸籍より養子縁組をして、除籍されている記載等は錯誤あるものとして、また太郎の養子となつた後に同人の推定相続人であることを前提として家督相続した旨の記載等は無効なものとして何れも訂正するのが相当とも思料されるが前示理由により申立の趣旨の範囲に限り許可するものとし戸籍法第一一三条に則り主文のとおり審判する。

(家事審判官 長久保武)

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